今回は、中古住宅の新耐震基準適合性を左右する完了検査の実施率についてです。
新耐震設計基準は1981年(S56年)の建築基準法施行令の改正により導入されましたが、これ以後に建設された建物がすべて新耐震設計基準を満たしているとは限りません。
その理由は複数ありますが、特に注意が必要なのは完了検査を受けていない建物が多くあるということであり、完了検査の実施率が中古住宅市場にとって重要な役割をもっています。
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新耐震施行後の建物が耐震診断でNGになる理由
新耐震設計基準が施行された後で建設された建物において耐震診断を行ったときに、診断結果がNGになることが少なからずあります。 これには様々な理由が考えられますが、特に大きいものが3つ存在します。
第一の理由として、新耐震設計基準そのものが1981年の施行以後にさらなる改訂がなされていることが挙げられます(A)。 阪神淡路大震災等の地震災害が起きると、その被害状況や原因が分析されます。 これを踏まえて基準をより効果的なものとするために、新耐震設計基準は何度かのマイナーチェンジを行っています。 耐震診断はそれらの改訂を受けて行われるため、新築時に新耐震設計基準を満たしていた建物であっても、耐震診断結果がNGになることが考えられます。
第二の理由として、耐震診断においては建物の劣化状態を考慮に入れていることが挙げられます(B)。 例えば木造建築物の場合、外壁のひび割れやシーリングの劣化などがあれば、直接に耐震性能が影響を受けていなくても10%~30%の低減をした評価がなされます。 この場合、新築時に新耐震設計基準を満たしていた建物であっても、耐震診断結果がNGになってしまう訳です。
第三の理由として、建築時に完了検査を受けていない建物が多いことが挙げられます(C)。 新耐震設計基準が制定された頃の完了検査実施率は約3割程度であり、完了検査を受けていない建物の方が多くなっていました。 完了検査を受けていない場合、建物に設計変更や施工不良が存在して新耐震設計基準を満たしていなくても、これを是正する機会がありません。 当然ながら後に耐震診断を行うと診断結果がNGになってしまいます。
以上に挙げた3つの理由のうち、AとBのケースは新築時では新耐震設計基準を満たしていたことになります。 しかし、Cのケースの場合は新築時点で既に新耐震設計基準に適合していなかったことになります。 このためAやBの要因も複合して、耐震診断の評価がさらに悪化することが多くなります。 完了検査を受けていないことは、耐震診断NGの極めて厳しい要因になると言えます。
完了検査の実質的な強制力が不十分な建築基準法
完了検査は、新耐震設計基準を含む建築基準法の規定に適合した建物を生み出すための制度であり、建築確認と両輪をなして目的を果たすようになっています。 しかし建築基準法に罰則規定があるにも関わらず、完了検査は実質的な強制力が十分なものとは言えません。
建物を実際に工事するのは建設業者(施工者)です。 しかし、建築確認および完了検査のいずれも、これを申請するのは工事発注者である施主(建築主)となっています。 そして、これらを行わなかったときの罰則も建築主に科せられています。
多くの場合、設計・施工が一貫した工事であるため、建築確認および完了検査の実際の手続きは建設業者(施工者)が担っています。 ただし、建築基準法で施工者が禁止されているのは、建築確認なしでの着工であり、罰則も同様です。 これが「確認済証(確認通知書)はあるが検査済証はない」「建築確認は受けているが完了検査は受けていない」という中古物件が多いことの大きな理由です。
建設業者に対して完了検査を受ける強制力を持たせるためには、完了検査合格(検査済証)なしでの引き渡しを禁ずることが有効です。 しかし法で一律に禁じると、例えば請負契約解除の際などに建築主に不利益が生じることがあり、法規制で行うことは困難です。 このため建築基準法では、完了検査をせずに施工者が引き渡しを行うことを禁じていません。
完了検査の前に建設業者から建築主に建物が引き渡されると、完了検査のことがうやむやになったまま住み始めることが多発します。 建築主と施工者という二重の主体が存在するために責任の所在が曖昧になり、罰則の適用も難しくなります。 したがって建築基準法による完了検査の強制力は、実質的には不十分なものになっていた訳です。
※ 1999年以前では、完了検査の手続き名称が『完了検査の申請』ではなく『工事完了の届出』になっており、このために建築主が完了検査のことを知らなかったという事態が生じやすくもなっていました。
総合的な行政施策により向上した完了検査実施率
完了検査実施率の向上が建築基準法の罰則規定での強制力だけでは不十分だったため、法令改正を行うとともに、国土交通省等が、官民合わせた総合的な行政施策である『建築物安全安心推進計画』を1999年より実施し、また金融機関に対する協力要請等をしました。 その結果、3割程度であった完了検査実施率が9割を超えるまでに向上しています。
1981年の新耐震設計基準施行時点では、完了検査実施率は3割程度しかありませんでした。 その後大きな変化がないまま、1995年の阪神淡路大震災において施工不良が原因とみられる被害が多く発生し、完了検査実施率の向上が大きな課題となりました。
1999年に改正建築基準法が施行され、「中間検査制度」や「建築確認・検査等の関する書類の閲覧制度」の導入とともに「建築確認・検査業務の民間開放」がなされました。これにより、行政機関は違反建築・処分等の業務に尽力できるようになり、『建築物安全安心推進計画』を開始して、当初の3年間を重点実施期間としました。
『建築物安全安心推進計画』では、情報データベースを整備して情報共有を進め、完了検査申請率の低い建設業者等に指導等を行ったり、工事完了予定日を過ぎても完了検査申請がない物件に督促を行ったりしました。 また、住宅金融公庫において新築融資における検査済証の取得を要件化したり、設計者団体においては完了検査申請等の建築手続について周知・遵守指導を行いました。 これらにより完了検査実施率は7割近くに向上しました。
2003年には国土交通省が、金融機関団体に対して新築向け融資における検査済証の活用等の協力要請を行っています。 これを受けて各金融機関では検査済証取得を融資の際の要件とする動きが拡がり、完了検査実施率はさらに向上していきました。
2007年に『民間(旧四会)連合協定 工事請負契約約款』が改正され、新たに法定検査条項が加えられました。 この契約約款は民間建築工事において広く用いられているため、建築主が施工者に完了検査合格を義務づけることが容易になりました。 そして、耐震偽装事件(2005年)による建築確認制度への関心の高まりも伴って、完了検査実施率は9割を超えるようになりました。
完了検査実施率が大きく向上したことに伴い、今後は中古住宅においても新耐震設計基準の適合率が向上し、耐震基準適合証明書も取得しやすくなるものと考えられます。
耐震基準適合証明書の発行には想定以上の時間を要することが多いので、売買契約や売出しに先行して調査を行うことをお奨めします。
耐震基準適合証明書は、中古住宅で一定年数以上経過した物件にて、住宅ローン控除等の住宅減税を受けるために必要となるものです。しかし調査の結果次第では発行できないことがあるなどのため、その不確実性(ギャンブル性)が売主や買主のいずれにとっても円[…]